備忘録

大きな魚を、磯から、ルアーで。 釣りに魅せられた20歳の学生が挑んだ半年間の備忘録です。~令和元年4-9月~

母島の釣り⑫

ただただ、信じられなかった。

 

海面に姿を現したそれは、自分の知っているものとは明らかに一線を画していた。

 

異質だった。

 

磯の上にあげられたそれを見て、思わず、畏怖してしまうほどに。

 

 

 

 

 

168センチ、57キロという記録がある。

現在、80lbクラスでの磯からの堂々の日本記録だ。

小笠原の、母島の磯から、スタンディングファイトで上げられたこの記録的な巨大魚の存在を知ったのはいつだっただろうか。

ここ2年間の内の事であるのは確かなのだが、いつ知ったか、なぜか思い出せない。

 

ただ、スマートフォンの画面越しではあるが、初めてその巨大なイソマグロを目にした時の衝撃は、昨日の事のように思い出す事ができる。

 

その時、自分の中で、何かが音を立てたのを覚えている。

頭の中で、何かが迸ったのを覚えている。

興奮で震える呻き声のようなものが、喉元まで這い上がってきたのを覚えている。

 

なんだ、コレは、と。

 

人間の背丈と変わらないような巨大魚を、明らかにパワー不足に思える細い竿と糸を介して、一人の人間が、「磯から」上げたというのだ。

 

 

船の上から釣る、同サイズのクロマグロやカンパチとは分けが違う。

磯の上での魚釣りにおいては、主導権は魚側にあるから。

 

あの時、携帯の画面に映し出されたその写真に、いったいどれくらいの間釘付けになっていたのだろうか。

思い出せない。

 

けれど、その時に1つ目標が出来たのは思い出せる。

胸の奥から熱くなるような情動に駆られると同時に、1つの明確な目標がその時にできたんだ。

 

目標?

いや、あの時、1つの、大きな大きな、周りの人から鼻で笑われるような、無謀な夢が出来たんだ。

 

 

「磯から、自分よりも大きな魚を釣る」

 

 

 

サワラ根で20キロのキハダを上げ、初のロウニンアジも無事に釣る事ができて、少しだけ肩の荷が降りていた矢先、先日、何者かにコテンパにされた。

おそらく巨大なイソマグロ。

いつものように朝の2時に起き、いつものように釣り場に足を運んで、いつものようにルアーを投げていると、いつもとは明らかに違うサイズの魚が掛かり、3色(75メートル)ノンストップでラインを出されブレイク。

 

あのサイズの魚をとるために、捨て身の覚悟でこの島に来たというのに。。

 

フツフツと湧き上がる悔しさを噛み締め、気付けばまた沖磯釣行を決行していた。

 

7/28

若潮

満潮…2:13、16:36

干潮…9:28

この日は久々に複数人の予定が合い、釣り部の仲間(といっても年上の方達ばかりなのだが笑)4人での釣行。

5時に港に集まり、各々荷物を船に積み込む。

 

行きの船の上で談笑。

向島の上空には虹が2本かかっており、なんだか幸先が良い。

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40分ほど船は北上し、ポイント沖に到着。

前回に引き続き、この日もサワラ根に乗せてもらう事になった。

 

4人とも無事渡礁。

荷物を磯の1番高いところにまとめ、各々釣りを開始。

 

が、予想に反して魚の活性がめちゃくちゃ低い。

いつもなら、朝一はルアーを投げるとカッポレの群れがわらわらと付いてくるし、サワラ、イソンボ、GTあたりのバイトも何回かある。

この日はというと、自分に一度イソマグロのバイトがあったのみでその後は4人とも音沙汰なし。

怪しい雰囲気が漂い始める。

 

結局朝のチャンスタイムは、自分が中型のカッポレを1匹とMさんがこれまた中型のカマスサワラを上げたのみで終わってしまった。

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ちょうど潮止まりの時間になったので、竿を置き弁当の準備をしていると、デッドベイトで釣りをしていたKさんの方から「イソンボ!」という声が聞こえてくる。

駆けつけてしばらく見ていると、下からイソマグロがKさんのメアジにじゃれついて来るのが目視出来た。しかもでかい。

が、どうも食い気が立っていない。

昼飯を抜いて釣りをしようかまよったけど、母島海域のイソマグロは「いるけど食わない」で有名なので、ここは腹をくくり昼飯を食べる事に。

 

おいしい。

磯の上で食べるご飯はやはり格別だ。

 

ご飯を頬張りボンヤリ過ごしていた中ふと海を見てみると、さっきまで流れていなかった潮が突然流れ始めていたので、急いでご飯をたいらげ再度ルアーを投げ始める。

 

と、隣で投げていたMさんが叫ぶ!

危なげなく上がってきたのは10キロちょいくらいのヒラマサ。

母島海域では珍しいので是非ランディングしたかったが、直前でフックアウトしてしまった。残念。

直後、自分が投げていたダイビングペンシルにカマスサワラがスーパーバイト。

ルアーを口に咥えたまま、海面から1メートルくらい跳ね上がったカマスサワラの姿をはっきりと目視出来たが、こういうバイトをする時は大抵フッキングしない。

案の定、合わせを決めてやろうと竿を煽っても空振りだった。

まさに時合い突入といった感じで、皆の士気も高まる。

が、それを最後に潮は突然緩み始め、海も沈黙。

Kさんがメアジでアオチビキを釣ったのみで、他は誰も魚からの反応を得られない。

水温の変化が激しいこの海域の沖磯ではよくある事で、水温が下がるとビックリするくらい魚の活性も下がってしまう。それでも潮が走っていたら、エサで底物が良く釣れたりするのだが、この日は潮も流れていなかったため底物も沈黙。

母島の海も、釣れない時は本当に何も釣れない。

 

自分は前日、シマノTVに夢中になりすぎて、図らずも徹夜明けの沖磯になってしまっていたので、少し仮眠をとる事に。

寝心地悪い事極まりない磯の上でグースカ寝ていると、突然のドラグ音で目が覚めた。

見るとKさんがファイト中。

急いで駆けつけようとしたが、これは残念ながらラインブレイク。結構デカそうだったが。(寝起きのため記憶曖昧)

 

しかしこれで完全に目が覚めた。時計の針はラスト1時間を告げている。

タックルを再び握りしめ、西側に向かって釣りを再開する。

 

そして、その時は突然訪れた。

何の予兆もなく、本当に突然。

 

時刻は13:30、沖合を泳いでいた自分のミノーに何やらヒット。

何度か追い合わせを入れてやるも、手応えは軽い。おそらくこの時、5キロ前後のアオチビキか何かが掛かっていたのだと思う。

ポンピングでゴリゴリ寄せてきて磯際まで寄ったあたりで、異変に気付く。

 

いつのまにか、ドラグが止まらなくなっている。

 

状況が整理できなかった。

条件反射で、気付かないうちに磯際でしゃがみ込んでしまっている。

 

いったい、何が起きたんだ?

 

「デカイよ!」

後ろから聞こえてきた声で、我に帰った。

追い食いで、何かとてつもなくデカイのが食ってきたのだ。

 

得体の知れない何者かは、教科書通り、北側のハエ根に向かって走る。

が、とてもじゃないが、走る向きをコントロール出来るサイズの魚じゃない。

磯での大物釣りでこういうシチュエーションを迎えてしまうと、どうしても運頼みになってしまう。

磯際で、ただただ祈り、耐える。

すると、走る勢いは一向に衰えないが、走る向きが本当に運良く変わってくれた。

目の前に厄介な根はないので、止まるまで走らせる。

が、止まらない。

こういう場面で下手にドラグを締めてしまうと、魚が根に向かってしまう傾向があるので、ドラグは極力いじらないようにしているのだが、みるみるうちにスプールから糸が消えていく。

 

このままでは冗談抜きで糸を全て出されてしまい兼ねないので、スプールを抑え、断続的にイレギュラーなテンションを魚に与えてやる。

 

すると、とりあえず一旦止まってくれた。

少なくとも200メートルは走られただろう。

 

急いでポンピングを開始するが、重い。いや、重すぎる。

 

異質

 

そうとしか、表現のしようがない重さだ。

 

重いだけじゃない。

50メートルほど巻き上げると、そいつは思い出したかのようにまた走り出し、振り出しに戻る。

巻き取り、走られ、ベールを返し、立ち位置を変えてを繰り返し、最終的にはヒットポイントの真裏まで磯を移動してきた。北西側でかけて、南東側まで移動してきたのだ。

これ以上東に回られるとマズイ。

この時の立ち位置でも、すでに左手には厄介なハエ根が張り出しており、そこを境に一気に沈み根も増える。

 

勝負所だ。

 

魚の方も、ここが勝負所だと分かっていたのだろうか、最後の力を振り絞り、ジリジリと糸を引き出していく。

手元に、糸が根に噛む感触が伝わってくる。

マズイ。

急いでベールを返し、ハンドドラグで糸が切れないギリギリのテンションを与えてやる。

ここで糸を完全にフリーにしてしまうと、糸が根に絡まってしまい抜けなくなるし、強引に止めようとすると呆気なく切れる。

糸が根に噛む感触も、ハンドドラグでのテンションのかけ方も、付け焼き刃だけど、母島で何度も切られて身につけた技術の1つだ。母島の磯でした苦い苦い失敗が、「経験」となり、歯車のように1つ1つ噛み合っていくような、そんな感覚をこの時感じた気がする。

 

耐える。耐える。耐える。

 

すると、わずかだが魚が右側に向きを変えた。

 

ここしかない。

 

最後の力を振り絞り、渾身の力で魚を浮かせる。

すると、ラインが根に噛む感触が消えた。

 

そこからは、意外と呆気なかった。

何となく、海底付近にいるであろう巨大な何かが、観念したのが伝わってきた気がした。

 

ボカンッッ

 

10メートルほど沖についに姿を現したそいつは、自分が知っているサイズのものではなかった。

 

3箇所にギャフを掛け、3人がかりで磯の上に引きずり上げる。

 

言葉は、いらなかった。

 

渾身の、心の底からの、ありったけの笑顔でサポートしてくれた同行者の方達と握手を交わし、魚の元に駆け寄る。

魚の正体はイソマグロ。

192センチ、72.5キロだった。

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大学生活における大切な半年間。

将来のキャリアを見据え、海外に留学をしたり、インターンに参加したりといった選択肢も当然あった。

けれど、心の底から大好きな釣りへの思い入れは、自分の心を揺さぶったあの57キロのイソマグロへの憧れは、憧れの魚に対する激情は、揺るぎなかった。

このために、この1匹のために、この瞬間のために、大きな不安とちっぽけな勇気を胸に、単身、この島に乗り込んだんだ。

周りの人達の暖かい支え、千載一遇のチャンスを与えてくれた釣りの神様、これまでの苦い失敗、全てが奇跡のように噛み合った、まさに"会心の1匹"だ。

 

月並みだけど、本当に、最後まで諦めなくて良かった。追いかけ続けて良かった。

磯の上で、ロマンを追い続けた先には、素敵な夢が待ってくれていた。

夢の先には、いったい何が待ってくれているのだろうか。

 

わからない

 

けど、釣りと一緒で、わからないからこそワクワクするし、挑んでみる価値がある。

夢を掴んだ今、自分に出来ることは、より一層謙虚な姿勢で磯の上に通い続けること以外にないような気がする。

これからも、周りの人達への感謝を忘れず、今の釣りを続けていき、いつの日か、後世に磯の大物釣りの魅力を伝えられる日が来ることを、今は少しだけ楽しみにしている。

 

 

はじめて磯に立ったあの日の挫折が、何度磯に通っても釣れない自分に対する失望が、もうダメだと諦めかけたあの夜の惑いが、ここまでの結果と共に報われるとは自分でも思っていませんでした。

正直まだ夢見心地で、今もこのブログをフワフワした気持ちで書いているところです。

まさか自分が、母島の、いや日本の釣りの歴史に新たな1匹を刻みこむ当人になるなんて夢にも思っていませんでした。

これも、綺麗事とか建前とかではなく、本当に周りの人達の暖かい支えがあってこそです。

周りの人達が与えてくれた機会に、たまたま、うまく便乗できたに過ぎないと思っています。

 

けれど、この記録魚を実際に磯から釣り上げたのは自分らしいので、少しでも多くの人の記憶に、記録として残ってくれたらとても嬉しいです。

 

多くの人から、JGFAの会員になり日本記録に申請すべきだと助言を頂きました。

実際72キロという記録は、自分が使ったラインクラス(80lb〜130lb)のショアからの日本記録を20キロ近く上回るものであり、「磯から」という制約つきでは世界的にも上位数匹に入るかもしれないほどらしいです。

けれど、日本記録なんて華々しい肩書きは、自分なんかには勿体ない気がしてならないし、お世話になってきた人達にきちんと報告さえできれば自分は満足なので、今後も申請はあまり考えていません。

ただ、このブログが、自分がそうであったように、一人の釣り人の心を揺さぶり、夢への第一歩となってくれたらとても嬉しいです。

 

なんだかこれで最後の記事みたいな書き方だけど、母島生活残り2ヶ月、また何か良い魚が釣れたらどんどん更新する予定です笑

 

 

 

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ロッド:グランデージxd 100ex

リール:ツインパワーsw14000xg

本線:pe6号

リーダー:ナイロン180lb

 

 

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